妹、古川了子へ
           



 了(のり)
ちゃん、聞いていますか? 私は珠路です。昭和4877日にあなたが突然居なくなってから33年近くの年月が流れてしまいました。貴女を探して、 母さん父さんそして兄妹達は色々と手を尽くしましたが、今まで探し出すことができなくてごめんなさい。

その後北朝鮮から逃れてきた安明進さんが日本にも来て、病院に入院していた貴女と1991年に出合った事を証言してくれたので、私達はようや く貴女の消息を知りました。北朝鮮という、私達にとっては遠い遠い国で、あなたが苦労をしている事を知りました。

貴女を待って母さんは89歳になり、今では千城台の私の家で一緒に暮らしてい ます。「了ちゃんに会うまでは頑張る!」といって毎週日曜日には教会に行き貴女の無事を祈っていますが、腰も曲がり脚も弱くなりましたし、耳も遠くなりま した。早く帰ってきてください。

貴女が高校3年のとき天台のアパートで抱いてくれた私の赤ん坊 は、もう34歳の母親となり、すでに11歳の娘と9歳の息子がいます。長い月日が経ってしまいました ね。

小さい時から優しい心で頑張り屋さんの了ちゃんのこ とですから、今でもまわりの人々と仲良くし、人に役立ちながら一生懸命に生きている事とは思いますが、どうか1日も早く帰ってきて、私たちを安心させてください。 今どんな姿で、どんな家族と暮らしているのか、母さんにその姿を見せてやってください。

千葉商の同期生の皆さんも、卓球部の皆さんも、菊間 中の岩永先生も市原市長はじめ市原市民の皆さんも、そして日本中の皆さんがあなたのことを心配して、1日も早く救出できるように努力して下さっています。 この短波放送もその1つですし、日本政府は北朝鮮政府に対してはもちろ ん、国連にも働きかけてあなたを含む日本人の人々を救い出すために、さまざまな努力をしてくださっています。もう少しの辛抱です。

必ず帰れますから、どんな事があってもどうか気持ち を強く持って、もう少し頑張ってください。私たちも毎日貴女と同じ空を見て1日も早く帰れるよう祈って、そして救出運動に一生懸 命がんばりますから・・・。

了ちゃん、「ふ るさと」という歌を覚えていますか。

1日も早く日本に帰れるようにこの歌を歌って頑張って ほしいから、この歌を届けます。どうぞいっしょに歌いましょう。そして必ず近いうちに、貴女も母さんや兄弟達と皆で一緒に歌いましょうね。

ウサギ追いし 彼の山

    小鮒釣りし 彼の川

    夢は今も めぐりて

    忘れがたき ふるさと

          如何にいます 父母

          つつがなしや 友がき

          雨に風に つけても

          思い出る ふるさと

               志を 果たして

               何時の日にか 帰ら ん

               山は青き ふるさと   

水は清き ふるさと 

                水は清き ふるさ と


古川了子の姉 竹下珠路